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『源氏物語』須磨 その4 の原文
「二千里外故人心」
と誦じ給へる、例の涙もとどめられず。入ほ道の宮の、
「霧や隔つる。」
とのたまはせしほど、言はむ方なく恋しく、折々のこと思ひ出で給ふに、よよと、泣かれ給ふ。
「夜更け侍りぬ。」
と聞こゆれど、なほ入り給はず。
見るほどぞしばし慰むめぐりあはむ月の都は遥かなれどもその夜、主上のいとなつかしう昔物語などし給ひし御さまの、院に似奉り給へりしも、恋しく思ひ出で聞こえ給ひて、
「恩賜の御衣は今ここにあり。」
と誦じつつ入り給ひぬ。御衣はまことに身放たず、かたはらに置き給へり。
憂しとのみひとへにものは思ほえで左右にも濡るる袖かな
『源氏物語』須磨 その4 のあらすじ
『源氏物語』須磨 その4 の超現代語訳
月がたいそう美しく輝いて出て来たので、源氏の君は、今夜が葉月十五夜であったなあとお思い出されたようにございます。
都では十五夜には人を招いて様々に趣向を凝らした遊びをするのが常でございましたから、君は美しい月をご覧になって、宮中での華やかな管弦の遊びを恋しく思い出されたのでございましょう。
別の場所ではあっても、都にいるご自分と縁の深かった方々も、今同じようにこの月を眺めていらっしゃるだろうとお思いに出されたのか、君は月の面ばかりをじっとお見つめになられます。
そのうち
(二千里の遠くから旧友の気持ちを思う 白居易の漢詩の一節)
と謳われたので、みなはいつものように流れる涙を止めることができません。
藤壺の宮がかつて、
と歌になさった時のことを源氏の君は思い出されて、言いようもなく恋しくなられ、おいおいとお声を上げてお泣きになるのでございます。
「夜が更けて参りました。」
と供のものが申し上げますが、月をご覧になられたままで、ご寝室にはお入りになられません。
月を見ている間のしばらくは気がまぎれます。月の都が遥か遠くにあるように、京の都も遠いけれども、きっとまた会える。
藤壺の宮から先ほどの歌をいただいた去年のこの夜に、朱雀帝がたいへん親しく昔話などをされていらっしゃいましたが、そのご様子が亡き桐壺院に似申し上げていらっしゃったことを、君は恋しく思い出し申し上げられてたようでございます。
「恩賜の衣は今はここにある。」 と
帝からいただいた着物は、菅原道真も言っていたようにここにあります。とおっしゃりながら、お部屋に入られたのでございます。
本当にかならず肌身離さず、いつもお近くに置いていらっしゃいました。
自分を須磨に退去させた朱雀帝のことをただ一途に恨むこともできない、
懐かしいと思う気持ちもある。
私は二つの気持ちの間で左右の両袖が涙で濡れてしまうのだ。
先生の感想
この月を君も見てるという安心