『伊勢物語』初冠 の原文
昔、男、初冠して、平城の京、春日の里にしるよしして、狩りにいにけり。
その里に、いとなまめいたる女はらから住みけり。
この男、垣間見てけり。
思ほえずふるさとに、いとはしたなくてありければ、心地惑ひにけり。
男の着たりける狩衣の裾を切りて、歌を書きてやる。
その男、しのぶずりの狩衣をなむ 着たりける。
春日野の若紫のすり衣しのぶの乱れ限り知られず
となむ、老いづきて言ひやりける。
ついでおもしろきことともや思ひけむ。
陸奥のしのぶもぢずり誰ゆゑに乱れそめにし我ならなくに
といふ歌の心ばへなり。昔人は、かくいちはやきみやびをなむ
その里に、いとなまめいたる女はらから住みけり。
この男、垣間見てけり。
思ほえずふるさとに、いとはしたなくてありければ、心地惑ひにけり。
男の着たりける狩衣の裾を切りて、歌を書きてやる。
その男、しのぶずりの狩衣をなむ 着たりける。
春日野の若紫のすり衣しのぶの乱れ限り知られず
となむ、老いづきて言ひやりける。
ついでおもしろきことともや思ひけむ。
陸奥のしのぶもぢずり誰ゆゑに乱れそめにし我ならなくに
といふ歌の心ばへなり。昔人は、かくいちはやきみやびをなむ

『伊勢物語』初冠 の超現代語訳
昔、ある男が元服した間際の話。奈良の春日にその人の領地があったから鷹狩りにいった。
⭐️この時代の都は京都。奈良は前のみやこだから、この頃は寂れ気味だったんだ。鷹狩りは当時の貴族の高尚な遊び。
そのいった先に、たいそう若くて美しい姉妹が暮らしていたのだ。
この男は、噂のその姉妹をちらと垣間見した。
⭐️垣間見というのは犯罪はなく、当時の風習として男性が女性の家をこっそり覗くのはありだったんだ。
垣間見してみたら、寂れた昔の都に、美しい姉妹が想像とちがってたいそういい感じで住んでいたので、男は心が乱されてしまった。
⭐️「ギャップ燃え」はこの時代からあったんだ。
さっそく男は自分の着ていた狩衣の裾を裂いて、それに歌を書いて贈ったのだ。
⭐️垣間見→歌のやりとり→夜這い→結婚って手順で当時の恋愛は進んだから、当然のやりとり。
その男は、しのぶずり柄の狩衣を着ていた。
⭐️しのぶずりというのは福島県信夫郡発祥の染めの一種類。石に絹をあて、そこに草や紅花をこすって染付ける。柄はぼんやりした輪郭が特徴。


男
「春日野の若紫のすり衣しのぶの乱れ限り知られず」
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春日野の若々しい紫草のように美しいあなたたち。私の心は掻き乱れています。今日私が着ている着物のしのぶずりの柄みたいに。
と、大人くさい調子でよんだんだ。元服したばっかりだったのにね。
男はこういう風にすることが、場に合った趣のあることだと思ったのだろうか。
作者 が思うには、
作者
ところで、この歌は
「陸奥のしのぶもぢずり誰ゆゑに乱れそめにし我ならなくに」
陸奥の信夫のしのぶずりの乱れ模様みたいに、誰のせいで乱れ始めたと思っているのよ。あなた以外のだれのせいでもないのよ。
という昔の河原左大臣の歌を参考にして詠んだんだというわけだ。
昔の人は、このように臨機応変に優雅な振る舞いをしたのだった。
先生の感想
先生
信夫ずりの柄がわかるとこの話はスッと理解できます。それがわからないとつまらない話になってしまいます。信夫ずりのぼんやりした輪郭の柄を頭に描きながら訳した方がいいでしょう。それにしても、自分の着ていた着物を裂いて歌を書き付けるほど、ギャップ萌えだったのですね。
先生
最後に作者は、男の歌の後に河原左大臣の歌をわざわざ書いています。本歌取りとはちょっと違いますが、男の歌の世界を広げる工夫と考えたらいいでしょう。上手に二つの歌を関連させていますね。
先生
また、
「昔人は、かくいちはやきみやびをなむしける。」
は作者の感想です。
ここでいう、
昔の人=初冠した男
です。
河原左大臣ではありません。
この一文で混乱しますから気をつけてください。
「昔人は、かくいちはやきみやびをなむしける。」
は作者の感想です。
ここでいう、
昔の人=初冠した男
です。
河原左大臣ではありません。
この一文で混乱しますから気をつけてください。
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